アジアの英語教育 Part 2
第1回 シンガポールの英語教育事情
―多言語文化国家が推進する言語政策―
ペリパトス編集部
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第5号までの特集「アジアの英語教育」は、韓国、中国など、日本と英語教育事情が比較的似ている東アジア各国を中心に取り上げてきましたが、今回からは、そのPart 2として、日本とは言語環境が異なる多言語文化圏の英語教育事情を特集していくことにします。
その第1回は、英語教育の先進国とも言われるシンガポールを取り上げました。多言語社会という言語環境の中で、徹底した能力別教育を行い、めざましい成果をあげてきたシンガポールの英語教育のシステムは、日本の英語教育にも多くの示唆を与えてくれるという点で、注目されます。
言語環境と言語政策
日本の「英語第2公用語論」とシンガポール
「すでに国際化の進行とともに、英語が国際的汎用語化してきたが、インターネット・グローバリゼーションはその流れを加速した。英語が事実上世界の共通言語である以上、日本国内でもそれに慣れる他はない。第2公用語にはしないまでも第2の実用語の地位を与えて、日常的に併用すべきである」−2000年1月に、故小渕恵三首相のもとに設けられた「21世紀日本の構想」懇談会がまとめた最終報告書の一節、「第6章 世界に生きる日本 IV.21世紀の世界に生きるための国内基盤 3. 国際対話能力(グローバル・リテラシー)のために」からの引用である。この「英語第2公用語論」が、報告書の中でもとりわけ脚光を浴びたことは、周知のことである。
実は、英語公用語化が話題になったとき、比較対象として盛んに取り上げられ、上記懇談会報告のモデルともされたのがシンガポールにおける英語公用語化の成功例である。シンガポールと日本とでは言語環境や、それに伴う言語政策がまったく異なり、懇談会がこの点を見落としていたとは考えにくいが、シンガポールの成功例をそのまま日本に当てはめて考えるのはいかにも無理がある、とは言えるだろう。
しかし、英語公用語化はともかく、シンガポールの教育制度には、日本が学ぶべき点もあることは事実である。その教育制度に触れる前に、まずは、シンガポールの置かれた言語環境と、それに伴う言語政策を概観しておこう。
4つの公用語の背景
公用語という言葉は、国家によって認められた公的な言語を指す。日本人は、国語も母語も日本語1言語だけの環境で育つために、公用語がいくつもあるという状況は理解しにくいと思われるが、シンガポールでは公用語は4つある。
現在、シンガポール国民の民族構成は、中華系76.5%、マレー系13.8%、インド系8.1%、その他1.6%(外務省ホームページ)となっている。国語はマレー語で、国歌マジュラ・シンガプラもマレー語で歌われる。これは、かつてマレーシア連邦をマレーシアと共に形造り、そこから分離独立したという歴史的背景によるもので、民族構成から考えても、マレー語を儀礼的に国語として扱っているに過ぎない。実際、シンガポールでは、マレー語系住民の母語の授業は別にして、国家政策的に統一された国語の授業はない。
しかし、公用語となると、英語、マレー語、華語(中国語の北方標準語。マンダリン)、タミール語の4つを数える。テレビやラジオも、それぞれの言語で放送され、新聞も多言語による多くの種類が発行されている。つまり、英語を国民共通の公用語とし、加えて、それぞれの民族の母語もまた公用語として平等に扱っているわけだ。
3言語政策から2言語政策へ
もともとシンガポールは移民の国である。19世紀前半にイギリス東インド会社が上陸して以来、地理的条件を活かして自由貿易港として栄えることになるが、それとともに多くの移民がシンガポールに入ってきた。大半は、中国人、マレー人、インド人である。これらの移民は、文化や宗教とともに、母語を母国から持ちこんだため、現在のような多言語国家という、複雑な言語環境をもたらしたわけである。
1942年からの日本における統治を経て、日本の敗戦とともに、再びイギリスによる統治が始まるが、1959年に英連邦内の自治州として独立する。これ以降とられた言語政策が、マレー語と英語を中心とした3言語政策である。これは、他民族相互の意志疎通をはかるための言語として、国際言語である英語を第1言語とし、国語であるマレー語を第2言語、さらに、華語やタミール語は第3言語として、学校ではそのすべてが必修とされた。そのため、例えば、中国系住民の多くは各中国語方言を母語として育ち、そして学校教育が始まってからは、本人には外国語ともいうべき英語、マレー語、華語を学ぶことになり、その負担の大きさによって、3言語政策は失敗に終わる。
英語の地位を高めた2言語政策
そして、1965年、長かった植民地支配を脱して、独立した共和国となったシンガポールは、複合社会を解体して、新しい国づくりをすることが求められることになる。そこで東南アジアの一国家としての主体性を強調し、中国人でもインド人でもないシンガポーリアンとしての統一意識を育成していく必要が生じたのである。
言語生活に関しては、英語、マレー語、タミール語、華語を平等に公用語としながら、実際上では英語を共通語とし、それに各人の母語を組み合わせる、現在まで続く2言語政策がとられるようになった。この政策によって、シンガポールでの英語の地位と役割は、これまで以上に高まることになったわけである。
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